契約時の「産業廃棄物の適正処理のために必要な情報の提供」が形骸化していませんか?

いつも危惧していた、排出事業者において形骸化している実務のリスクが顕在化した報道です。

2025年8月25日付 山形放送 「医薬用外劇物のホルマリン液を紛失 職員「誤って廃棄」山形大学医学部付属病院で

25日に職員などに改めて聞き取りを行ったところ、職員の一人が「誤って廃棄した」と証言したということです。廃棄したとされる瓶は、すでに回収業者に渡ったとみられています。

大学病院の(氏名略)院長は「紛失したことを心よりお詫び申し上げます。毒物や劇物、化学物質の管理方法を職員に周知徹底し、再発防止に努めてまいります」とコメントしています。

「毒物及び劇物取締法」の規制については専門外なので、そこには言及いたしませんが、「7ミリリットル入りの瓶1本」という大きさの廃棄物の場合、他の産業廃棄物と一緒くたに出されてしまうと、産業廃棄物処理業者側では混入に気付くことは非常に困難です。

おそらく、他の試薬や溶剤と共にホルマリン液の小瓶が回収され、「廃酸」あるいは「廃油」として処分済みなのか、ひょっとすると「感染性廃棄物」を回収する箱に入れられ、そのまま回収されたのかもしれません。

いずれにせよ、排出事業者である病院側の担当者に、「ホルマリン液は、他の廃棄物に混入させてはいけない廃棄物だ」という認識があれば、このような大事にはならなかったように思います。

また、いくら化学物質の管理を教育したとしても、いざそれを廃棄する際に「廃棄物処理法の規定をよく知らない」では、再び同じ過ちを起こすこと確実です。

ゆえに、「劇物を不適切に廃棄処分した」という本件の根本原因を考慮すると、廃棄物処理法に基づく委託手順を完璧に遵守させる方が重要性が高いと言えます。

排出事業者が遵守すべき手順である「委託基準」は次のとおりです。

  1. 許可業者への委託
  2. 法定記載事項を網羅した産業廃棄物処理委託契約書の作成と保存
  3. 産業廃棄物管理票の交付と保存

なお、「3.産業廃棄物管理票の交付と保存」は狭義の委託基準ではありませんが、排出事業者が実行しなければいけない手順として廃棄物処理法で義務づけられていますので、広義の委託基準として「3本柱」のイメージでまとめてご紹介しています。

と言いながらも、今回は「2.法定記載事項を網羅した産業廃棄物処理委託契約書の作成と保存」だけしか触れません(笑)。

産業廃棄物処理委託契約書の法定記載事項は下記のとおりです。

上記のうち、「すべての委託契約書に共通する法定記載事項」は、「収集運搬委託契約」と「処分委託契約」の別を問わず、すべての委託契約書に記載が必要な8項目です。

実務的に間違いが起きやすい項目を赤字にしていますが、今回はその中でも「5.委託する廃棄物を適正に処理するために必要な情報」に着目します。

一般的に用いられる産業廃棄物処理委託契約書には、

WDS(廃棄物データシート)に準じた書類で、産業廃棄物の適正処理のために必要な情報を提供する

という定めがあるにもかかわらず、大部分の排出事業者が保存している契約書には、WDSその他の書類で情報提供を行った形跡がありません。

契約書で「書面で情報提供をする」と合意している以上、その情報提供を行わない排出事業者は債務不履行となります。

環境省が2013年に改定した「廃棄物情報の提供に関するガイドライン(第2版)」では、

廃棄物を適正に処理するためには、各々の廃棄物の特性に応じた処理が必要である。このため、法の委託基準では、産業廃棄物の排出事業者は、適正処理のために必要な廃棄物情報を処理業者に提供することとされている。しかし、廃棄物処理過程において、有害特性等の廃棄物情報が排出事業者から処理業者に十分に提供されないことに起因する自然発火や化学反応等による事故や有害物質の混入等の課題があり、廃棄物情報の適切な伝達が求められている。

とし、

WDS の様式は、必要な廃棄物情報に関して具体化した項目を例示したものであり、様式の使用を法的に義務付けるものではない。
ただし、「適正な処理のために必要な事項に関する情報」の提供は法的に義務づけられており、処理業者が当該産業廃棄物の処理を行う上で明らかに必要な情報を排出事業者が当該処理業者に提供しなかった場合は、委託基準違反として刑事処分の対象となり得るので注意が必要である(3 年以下の懲役(筆者注:現在は拘禁刑)若しくは 300 万円以下の罰金:法第 26 条第 1 号)。

と、刑事罰の対象になる可能性まであることを指摘しています。

そして、

外観から含有物質や有害特性が判りにくい汚泥、廃油、廃酸、廃アルカリの 4 品目は(ガイドラインの)主な適用対象と想定

と、ガイドラインに沿った情報提供を行うことを推奨する産業廃棄物として、「汚泥」「廃油」「廃酸」「廃アルカリ」を列挙しています。

廃棄物データシート(WDS)の記載例は、次のとおりです。

ホルマリン液の場合は、メーカーが安全データシート(SDS)を公開していますので、その内容をWDSに転記するか、WDSや契約書本文に「取扱い上の注意点は添付するSDSのとおり」と記載しても良いでしょう。

通常の事業活動では、「使用する溶剤が無限にある」ということはほとんど無いと思われますので、WDSを運用すべき産業廃棄物の種類はある程度特定可能と思います。

「産業廃棄物処理業者側から情報提供のリクエストが無かったから、情報提供をまったくしなかった」では、法律上あるいは現実に起こりえるリスクへの対処は“無策”と言わざるを得ません。

排出事業者自身の化学物質管理を徹底するためには、廃棄時までを意識した管理が不可欠です。

産業廃棄物処理委託契約書にWDSを添付していない排出事業者の方は、今からでも遅くはありませんので(後付け行動の推奨ではありません)、委託先業者とよく相談した上で、必要な情報提供を行うようにしましょう。

コメントする