大局観か説明責任の回避のどちらを優先するべきか

毎日新聞 栗東の産廃処分場跡地問題:県の跡地対策に同意 地元6自治会、確認・協定書「13年かけ一区切り」 /滋賀

 栗東市の旧RDエンジニアリング社産廃処分場跡地問題で、県は3日、本格的な2次対策の実施計画について、地元の7自治会のうち6自治会の同意を得て、確認・協定書を交わした。硫化水素ガス発生から13年。嘉田由紀子知事は「監督責任を果たし、元の里山に近付けたい」と謝罪。自治会役員は「ようやく一区切り。孫の代に引き継ぐための第一歩だ」と胸をなで下ろした。
 2次対策は、汚染地下水の拡散や廃棄物の飛散、硫化水素ガスによる悪臭を防止する本体工事。揮発性有機化合物(VOC)など、環境基準の最大390倍の有害物質を撤去する緊急工事(1次対策)は、昨年11月に全7自治会が同意、8月に着工しており、来月から掘削除去作業に入る。いずれも国が処理費の45%を負担する産廃特措法の適用を受ける見通し。
 自治会側は先月▽周辺環境のモニタリング継続と結果の開示▽跡地の県有地化で、県が将来的な住民の不安払しょくに責任を持つ--などを要望し、県が合意している。
 跡地に隣接する北尾団地自治会は、単独で県庁で確認書に署名。嘉田知事は「13年間本当に心配をおかけした。(許可容量・品目以外の不法投棄を放置した)県の監督不行き届きを県史に刻む。過ちを二度と繰り返さない」と謝罪した。

滋賀県自身が公開している「支障除去事業実施計画」の中の「行政対応検証」を読むと、

事件発覚当初の滋賀県は行政指導のみを多用し、立入検査の実行や行政処分が遅れたことを認めています。

行政のみならず、行政に関連した組織・団体の方とお話しすると、
法律の規定を必要以上に厳格に解釈し、自己の不作為の言い訳にする例がよく見受けられます。

「廃棄物処理法の条文に詳しい担当者がこう言っている」と、自分で考えることなく、他人の権威(?)に依存して堂々と不作為を表明されることもよくあります。

RD処分場の問題などは、この悪循環の典型的なパターンの結果、事態が最悪になるまで止められませんでした。

自分もその一員だったのでよくわかるのですが、
公務員のマインドとしては、組織外からの批判を事前に極力防御しようとします。

そのために使われる方便が、上述した「法律の規定では問題ないことになっている」というものです。

もちろん、行政官が恣意的に法律解釈して、行き当たりばったりの対応をしてはいけませんが、
行動しない理由を法律の解釈という観念的な次元に意図的にこじつけることも、「恣意的」です。

今回のような事件は、「担当者の積極性」という個人的な資質の問題に還元されがちですが、
資質もさることながら、その資質を純粋培養し続ける組織的な風土の問題を解決しないことには、どの行政においても同じ問題が起こってしまいます。

「行動して失敗したら批判されるが、法律を持ち出して行動しないことは批判されない」という価値観を、全力で払しょくしていく必要があります。

しかしながら、組織文化の否定に等しい行為ですから、滋賀県のように大事件が起こった自治体でないと、その必要性が理解されることはないと思います。

滋賀県におかれましては、今回の事件を貴重な教訓として、本当の意味で県民の利益となる組織変革につなげていただきたいものです。

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