才能と努力のどちらを称賛するべきか?

「非才!」
著者:マシュー・サイド
¥1,995

日本語版のサブタイトルには「あなたの子どもを勝者にする成功の科学」とあるため教育本のように見えますが、中身は、教育学やスポーツ科学、そして心理学まで幅広く網羅された「いかにして卓越性を発揮するか」に焦点を当てた本です。

他の類書でも書かれていることですが、
「卓越性を発揮するためには、延べ1万時間以上の練習が不可欠」
という指摘に始まり

『ただ漫然と練習を長時間すれば良いわけではなく、卓越するために練習するのだという自発的な「内発的動機」も必要』
と、当たり前に思えることばかりですが、豊富な実例を散りばめながら、その非常に重要なポイントがテンポ良く語られています。

企業経営の重要な要素の一つである「従業員教育」にも活かせる内容として、
『人の成長を促すためには、その人の「才能」を褒めるのではなく、「努力」を称賛するべき』というものがありました。

1998年に、キャロル・ドゥエックは研究者仲間とともに、5年生400人に単純な問題を解かせた。そのあとで、それぞれの生徒に点数をつけて、あるものを与えた。ちょっとしたほめ言葉だ。生徒たちの半分は知能をほめられた。「頭が良いのねぇ!」。残りの半分は努力をほめられた。「ほんとうによくがんばったのね!」

最初のテストを終えてから、生徒たちには難易度の高いテストか低いテストを受ける選択肢が与えられた。知能をほめられた生徒たちのまるまる3分の2が簡単な課題を選んだ。むずかしいテストで失敗する可能性を負って「頭が良い」レッテルを失う危険をおかしたくなかったのだ。

だが努力をほめられた生徒たちの90%はむずかしいテストを選んだ。成功ではなく、実りある挑戦の可能性を追求することに関心があったからだ。この生徒たちは、自分がどれだけがんばれるか示したかったのである。

最後に実験がひととおり終わってからはじめに立ち返り、最初のテストと同じ難易度のテストを受けることになった。どうなっただろうか?知能をほめられたグループの実績は、難易度が同じにもかかわらず、最初のテストに比べて20%低下した。だが努力をほめられたグループの点数は30%増加した。失敗がむしろ彼らを駆り立てたのだ。

グループ長のような、従業員のリーダーとなる人材を育成する際には、上記の内容が強力に援用できそうです。

上司や経営者の中には、部下を褒めるのではなく、徹底的にダメ出しをすることで発奮を促すという手法を取る人がいますが、大多数の人間の性向からすると、その手法はまったく効率的ではないということになります。

また、むやみやたらに才能を褒め称え、従業員をスポイルするのも本末転倒です。

『従業員の努力をしっかりと観察し、誠実に努力をしている従業員に対しては、短期的な結果(パフォーマンス)よりも、長期的な自発的成長を促すべく「努力」を称賛する』のが良さそうです。

結果が悪いのに、どうやって努力を誉めれば良いのか?

同書ではその実例として、テニススクールのコーチのやり方を取り上げています。

ボロティエリー(テニスコーチ)は努力をほめ、けっして才能をほめない。

機会があるたび練習がもつ変化の力に賛辞をおくり、プレイが途切れるたびに苦労が肝要であることを説く。

そして生徒の失敗を良いとも悪いともみなさず、ただ向上の機会ととらえる。

「それでいい」と、フォアハンドを大きめに打ってしまった生徒に彼は言った。
「いい方向に向かっている。失敗じゃない。そうやって返すんだ。」

「才能」を褒められると、自分に才能が無いことを発覚することを恐れるようになるため、失敗のきっかけとなりかねない挑戦を回避してしまうが、
「努力」を褒められると、挑戦によってさらなる成長を遂げることができると思うようになり、自発的に挑戦を意図するようになる
という傾向にあるようです。

従業員の成長を望まない上司や経営者はいないと思います。

従業員の成長のための働きかけをするのであれば、効果的と検証済みの「努力を褒める」方が、どう考えても効率的、かつ効果的と言えますね。

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