阪神淡路大震災と東日本大震災との違い

1995年に発生した阪神淡路大震災では、都市のインフラが一挙に壊滅しました。
その中には、一般廃棄物の焼却炉も含まれます。

今回の東日本大震災でも、それはまったく同じ状況ですし、阪神淡路大震災よりも広範囲で深刻なダメージを与えています。

ただし、阪神淡路大震災は、都市部を直撃した地震であり、当時日本はそのような都市直撃型の地震被害に対処した経験が無かったため、被災現場での廃棄物処理は混乱を極めておりました。

東日本大震災では、阪神淡路大震災時の教訓を生かし、事前に防災計画や廃棄物処理ルールが決定されていたため、1995年と比べれば、大きな混乱なしに廃棄物処理が進められていると言えるでしょう。

しかしながら、これから復興をしていく上で大きな支障となる問題が一つあります。

それこそが、阪神淡路大震災と東日本大震災の大きな違いになっています。

今後の東日本大震災の復興のボトルネックとなるものは、「最終処分場」の問題です。

阪神地域では、公共関与の海面埋立事業である「大阪湾フェニックス事業」の存在があり、
がれきや焼却灰の受入地としてその役割をフルに発揮してくれました。

「フェニックスの存在が、廃棄物処理を進める上で、大きな安心の源になった」と、当時の自治体関係者は口々にコメントをされています。

また、阪神淡路大震災では、津波による被害がなかったため、塩分を洗い流すと言った余計な手順が必要なかったことにも留意しておく必要があります。

東日本大震災では、阪神淡路大震災を上回る廃棄物の発生が確実であり、なおかつ津波を受けたため、塩分を除去してからしか焼却できないものが大半と聞きます。

そして、東北地方には、広域的な行政によって運営される廃棄物処分場が存在しないため、
今回のように、一挙に大量の廃棄物が発生した場合には、東北地域の処分場のみでは到底対処できない事態になります。

廃棄物を他地域に持っていくとしても、運搬を行うには、船舶か大量の大型ダンプを動員する必要がありますので、それもインフラが復興した後にしかできません。

このように、廃棄物処理を進めていく上では、最終処分場といった廃棄物の出口戦略が非常に重要となりますが、
今回の震災では、その肝心の出口の確保がままならない状況となっています。

おそらく

がれきの海洋投棄や可燃物の野焼きなど、
廃棄物処理法を超えた超法規的措置を取らない限り、
被災地域のストックを復興させるのはままならないはずです。

廃棄物が片付かないことには、復興作業がまったくできないことになりますので、
政府としては4月中に廃棄物の出口確保策を表明する必要があります。

質量保存の法則を持ち出すまでもなく、まずは廃棄物を片づけることからしか始まりませんので、喫緊の課題と言えるでしょう。

政府の英断を期待したいと思います。

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