「自主廃業」選択の理由

産業廃棄物処理企業にとって、「許可取消」は「死刑宣告」に相当します。

もちろん、死刑と言っても、会社そのものの存在が抹消されるわけではなく、産業廃棄物処理事業を許可取消後5年間にわたって行えなくなるだけですが、専業で産業廃棄物処理事業に取り組む企業にとっては、5年間も事業を行えなくなるということは、死刑に等しいペナルティとなります。

一方で、業者が自主的に出す「廃止届(廃業届)」の場合は、自主的に許可を返上(廃止)するものですが、こちらの場合は「自殺」に相当すると言いたいところですが、廃止届の提出によって、完全に法人としての機能を停止するわけではありませんので、実質的には、「期間を定めない産業廃棄物処理事業の休業」とも言えます。

「廃止届」の場合は、聴聞の通知後に出されたものでない限りは、「許可取消」と異なり、再度許可を申請し直せば、廃止届提出後の1年後に許可を再取得することも可能だからです。

しかし、聴聞通知後に出された廃止届は、許可取消という死刑宣告逃れの“偽装自殺”とも呼ぶべき脱法行為として、許可取消をされたのと同様の欠格要件として位置づけられています。

したがって、聴聞通知後に廃止届を出した場合は、その後5年間は欠格者として産業廃棄物処理業の許可取得ができません。

ここまで書いたことを予備知識として理解していただくと、これから紹介する朝日新聞の記事がわかりやすくなると思います。

2017年1月27日付朝日新聞 「「不法投棄」 県、行政処分せず

 寄居町にある県のリサイクル施設内で2015年、県が産業廃棄物の「不法投棄」を指摘しながら、行政処分を出さず、公表もされなかったことが、朝日新聞が入手した県の資料などでわかった。投棄した処理業者が、県の立ち入り検査直後に事業の廃止届を提出し、行政処分や5年間の欠格を免れた形だが、事業はその後、投棄の発覚前後から事業継承に動いていた建設会社が譲り受けていた。

(中略)

 情報開示請求で県が開示した資料によると、県産業廃棄物指導課が2015年11月30日、テック社のプラントへの立ち入り検査で、敷地内に混合廃棄物がまかれているのを確認。同課は「不法投棄にあたる」として撤去するよう指導した。12月9日の立ち入り検査でも同課は「不法投棄として考えることが相当」と指摘した。

 朝日新聞が入手した、県環境部の内部資料によると、最初の立ち入り翌日の12月1日、半田順春環境部長(当時)は「(許可)取り消しはやむを得ない」と発言。しかし13日後の資料では、部内で検討した「今後の対応」として「テック社に対して速やかに事業廃止届を提出させる」との記述があった。

12月1日の時点では、「許可取消はやむを得ない」と部長が言っていたにもかかわらず、
12月14日になると、「事業廃止届を提出させる」とトーンダウンしていることになります。

いずれも行政手続としては違法なものではありませんが、この記述だけでは、埼玉県が自主的な廃業を促した理由がよくわかりません。

そのあたりのからくりは、記事の下記の部分から読み解くことができます。

 県によると、テック社の事業について、投棄が発覚する前後から、県内の建設会社が継承する話が進んでいたという。県の内部資料によると、この時期に建設会社側が県幹部を訪ねたこともあった。建設会社は16年2月に施設を譲り受け、操業を始めた。ただ、今年に入ってから「事業上の理由」として事業が休止状態にあるという。

ここを読むだけで答がわかった方は、許可手続と許可内容のプロと言えます。

大部分の方は、これだけでは意味がわからないと思いますので、種明かしをします(笑)。

埼玉県が不法投棄実行者に自主的な廃業を促した理由は

施設の設置許可を温存するためだった

と思われます。

当該業者の許可内容は調べていませんが、おそらく、「業許可」のみならず、「一定規模以上の能力を有する産業廃棄物処理施設の設置許可」も所持していたものと思われます。

不法投棄で「業許可」を取消す場合、「施設の設置許可」も同時に取消さなければなりません。

そうなると、事業と施設を譲り受けるはずだった別会社は、「業許可」のみならず「施設の設置許可」を再度取得する必要が生じます。

施設の設置許可を取得する際には、生活環境影響調査も必要となりますので、申請から許可取得までかなりの時間が掛かることを覚悟しなければなりません。

しかしながら、「自主的な廃業」の場合は、業許可は消滅しますが、「産業廃棄物処理施設の設置許可」自体には影響がなく、同時に「施設の廃止届」を出さない限り、「産業廃棄物施設の設置許可」は残り続けることになります。

ちなみに、いずれにせよ、事業を引き継ぐ会社は、改めて産業廃棄物処理業の許可を取得する必要がありますが、既設の処理施設を用いた事業引継の場合は、地元住民との再度の合意形成は不要とする自治体がほとんどです。
※そのようなケースにおける埼玉県の取り扱いについては承知しておりませんので、手続きの詳細は埼玉県にご相談ください。

このような事情を考慮し、埼玉県は不法投棄実行者に「自主的な廃業」を促したものと思われます。

もっとも、当の埼玉県は関与を否定されていますが、12月13日の時点で「速やかに廃止届を提出させる」と意思決定されている以上、件の処理業者との間で廃業に関する暗黙の合意はあったと思われます。

ここまでお読みいただくと、全国紙が追求するほどの社会性の高い事件などではなく、ありふれた行政運用に過ぎないことがおわかりいただけると思います。

むしろ、事業活動を必要以上に妨害しないように、埼玉県は法律の範囲内で合理的な判断をしたと言っても良いかもしれません。

※筆者注
不法投棄された廃棄物が、周囲の生活環境を害するレベルかどうかが記事には書かれていないため、行政手続きの可否に関してのみ考察いたしました。

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