危機に直面した際の心理の変遷
毎日当ブログをチェックしていただいている方はお気づきになったかもしれませんが、
2015年6月23日と24日の2日間、当ブログはまったく閲覧できない状態になっておりました。
原因は、筆者がやけになってブログのデータを全消去したためではなく(笑)、
「サーバー会社のメンテナンス工事により、データベースにアクセスできなくなった」ためです(苦笑)。
工事期間中に閲覧できなかったのは当然ですが、工事終了後も2日間閲覧ができなかったため、かなり慌てました。
ちなみに、サーバー会社から事前に通達されていたメンテナンス内容の一部は下記のとおりです。
○メンテナンス内容:
<DB>
・MySQLデータベースのバージョンアップ(5.6系へ変更)
・PgSQLデータベースのバージョンアップ(9.3系へ変更)
<Apache>
・ウェブサーバーのバージョンアップ(Apache2.2系へ変更)
・セーフモードの解除
・お客様サイト内のユーザー所有者「apache」のファイルをユーザー様へ変更
<PHP>
・標準のPHPのバージョンアップ
(モジュール版PHP5.2系からFastCGI版PHP5.3系へ変更)
・PEAR ライブラリ PHP5.3ベースに変更
・CGI版PHP5.2、5.3、5.4、5.5、5.6の最新版へのアップデート
・FastCGI版PHP5.3、5.4、5.5、5.6の提供
いまだに、何が書かれているのかサッパリわかりません。
筆者にとっては、大部分が外国語に見えますので、「何かの機能がバージョンアップするのだな」くらいの理解しかしておりませんでした。
23日早朝にブログの異変に気づき、必死で復旧作業をし続けておりましたが、
いかんせん、IT技術については素人ですので、検索して表示される情報がまず理解できませんでした。
どんな処理を試みても、一向にブログが復旧しなかったので、
「これはブログをまたゼロから立ち上げないといけないのか~~~」と、絶望的な気持ちになりました。
「たかがブログで大げさな」と思われた方も多いと思いますが、
筆者といたしましては、このブログは現預金と同じくらいの価値があると思っています。
もちろん、ブログから毎日チャリンチャリンとお金が入ってくるわけではありません(笑)。
このブログは2009年1月7日から更新をしており、記事が約1,200件ありますので、
このブログをお読みいただけると、筆者がどういう価値観で、どのような考え方をし、どのような行動をしているのか、
をご理解いただけると思います。
言わば、ブログは広告塔であり、情報発信のアンテナであり、信頼醸成の源でもありますので、
筆者にとっては非常に大きな「資産」です。
平日であれば、1日当たり700~900人の方に閲覧いただいていますので、HPを運営されている方であれば、この数字の価値をおわかりいただけると思います。
さて、このように愛着と価値を感じているブログが一夜にして(現実的な意味においても)消失してしまうというのは、非常に大きな危機であるということだけはご理解いただけると思います。
ここから本題です
幸いにして、24日の17時頃には、サーバー会社の方でうまく対応してくれたようで、いきなりブログが復活しましたが、
危機発生以降の自分の心理の変遷を振り返ると、極めて興味深い事実が浮かび上がりました。
まず、ブログを閲覧できない事実を目の当たりにした最初の反応は『否認』でした。
「これは一過性の問題で、すぐに復旧するだろう」と、事実を目の前にしても、それを事実として受け止めていませんでした。
しかし、9時過ぎまで待ってもブログが復旧しないため、今度は『怒り』の感情が出てきました。
サーバー会社の障害情報を閲覧すると、上記のメンテナンス情報を見つけ、「何が書いてるかわからんやないか~」とまず怒り、
その次に自分の無力さにも腹が立ちました。
そのままほぼ一日中復旧作業に没頭していましたが、自分自身ではらちがあかないため、ようやくサポートセンターにメールで異変を知らせ、アドバイスを頼むという『取引』をしました。
寝る前にメールをチェックすると、サポートセンターから返信があり、喜んで開封してみると
弊社ではスクリプトの記述法等、コンテンツの内容につきましてはサポート対象外とさせていただいております。
幾分的外れな、そしてコピペしたことが丸わかりの定型的な回答でした。
眠る直前にメールをチェックするものではありません(苦笑)。
ここから、『抑うつ』状態になり、久々になかなか寝付けず、翌日の25日の6時前に目覚めました。
「寝てる間にサーバーが復旧したのでは」と一縷の望みを託しながらブログにアクセスすると、昨日と同じでやはり閲覧できませんでした。
「ここまでやってダメならば、もう一度ゼロから立ち上げるしかないのかも」と、ようやく事実を『受容』し、事態を受入れる覚悟に入っていきました。
『否認』⇒『怒り』⇒「抑うつ』⇒「受容』というプロセスを経て、事実を受入れる覚悟ができたわけですが、
ブログの復活後に気づきましたが、これは人間が自分の死を受け入れるときのプロセスとまったく同じでした。
エリザベス キューブラー・ロス医師(1926年7月8日-2004年8月24日)が、「死ぬ瞬間―死とその過程について」で、上記の受容プロセスが大部分の死にあてはまると発表しています。
筆者の場合は、ブログの消失という生命の維持にはまったく関係のない些末な危機でしたが、
人によっては、「行政・警察から事情聴取を受ける」時にも、同様の心理プロセスをたどる可能性が非常に高いです。
特に、前任者以前の人の不始末によって、現在の担当者である自分が責められるというような状況下では、なおさら『怒り』の気持ちが湧きおこることでしょう。
データベースの復旧に徒手空拳で立ち向かっている際(『怒り』の時)、
「1万円を払っても良いので、今すぐ親身にアドバイスしてくれる人と話したい」と強く思いましたので、そのような苦境に陥った人の痛みがよくわかるようになりました。
サーバーやデータベースのアドバイスはまったくできませんが、
廃棄物管理実務や、行政等からの事情聴取への対応については、親身にアドバイスできますので、
よろしければ、お困りの方はお問い合わせください。
ただしご相談は有料ですが(笑)。
しかし、本当に困っている方ならば、相談料以上の価値を実感していただけるのは間違いありません。
逆に、「相談に金をかけるのは嫌だ」という心境であるならば、問題はそれほど切実な状況ではないのかもしれません。
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2015年6月26日 | コメント/トラックバック(0) | トラックバックURL |
カテゴリー:危機対応